農家主婦問題 〔婦人会・農業・育児〕
農業社会においては、家庭の大部分は農家であったが、農家の主婦は家事、育児とともに家業である農業にも従事し、重要な役割を果たしていた。
しかし、家父長制の下では無権利状態に置かれ、とくに嫁は「角のない牛」とよばれ、農業労働力として期待され、過重な負担を負わされていた。
近代化、工業化が進むにつれて、農業就業者数も農家数も減少してきた。
1950年代後半以降、農家後継者・世帯主まで他産業に就職し、主婦が中心になって農業を守る「主婦農家」が増加した。
とくに、都市から遠く離れているため通勤の機会が少ない農山村では、経済成長期に世帯主が「出稼ぎ」し、主婦が児童、老人とともに留守を守る家庭が増加した。
出稼ぎ期間が長期化し、出稼ぎ中の世帯主が労働災害にあったり蒸発したりする問題が多発するなど、主婦の心身の過労や不安が問題となった。
また、60年代以降に進展した過疎化、高齢化に伴い、高齢者の介護問題が深刻化している。
専業農家では、ビニルハウス経営や酪農などによって他産業就業者家庭並みの収入を図るようになったが、農繁期が一年中続き、主婦の農業労働も過重になるなど、新しい問題が生じた。
とくに、高温多湿の環境で働くために生じるハウス病など、健康障害の問題は深刻である。
農家の主婦には、このような農業労働による心身の過重な負担に加えて、嫁・姑関係など家族関係の前近代性、家庭経営の困難などの問題がある。
そのため、農家の後継者には「嫁ききん」といわれる結婚難が生じている。
このような農家主婦の問題を解決するために、第二次世界大戦直後から、農家の生活改善、家族関係の民主化、農業経営の近代化、健康管理、などの対策が講じられてきた。
しかし、農業をめぐる経済環境は厳しく、都市化の波や農産物輸入自由化など国際化の波が農村に及んできているため、農家主婦の問題を解決するのは容易ではない。
しかし、農家主婦のグループや婦人会、農協女性部が、村づくり運動、地域福祉活動、「一村一品」企業活動などに積極的に参加して、生活の安定化や主婦の問題の解決を図る動きが広がっている。
しかし、家父長制の下では無権利状態に置かれ、とくに嫁は「角のない牛」とよばれ、農業労働力として期待され、過重な負担を負わされていた。
近代化、工業化が進むにつれて、農業就業者数も農家数も減少してきた。
1950年代後半以降、農家後継者・世帯主まで他産業に就職し、主婦が中心になって農業を守る「主婦農家」が増加した。
とくに、都市から遠く離れているため通勤の機会が少ない農山村では、経済成長期に世帯主が「出稼ぎ」し、主婦が児童、老人とともに留守を守る家庭が増加した。
出稼ぎ期間が長期化し、出稼ぎ中の世帯主が労働災害にあったり蒸発したりする問題が多発するなど、主婦の心身の過労や不安が問題となった。
また、60年代以降に進展した過疎化、高齢化に伴い、高齢者の介護問題が深刻化している。
専業農家では、ビニルハウス経営や酪農などによって他産業就業者家庭並みの収入を図るようになったが、農繁期が一年中続き、主婦の農業労働も過重になるなど、新しい問題が生じた。
とくに、高温多湿の環境で働くために生じるハウス病など、健康障害の問題は深刻である。
農家の主婦には、このような農業労働による心身の過重な負担に加えて、嫁・姑関係など家族関係の前近代性、家庭経営の困難などの問題がある。
そのため、農家の後継者には「嫁ききん」といわれる結婚難が生じている。
このような農家主婦の問題を解決するために、第二次世界大戦直後から、農家の生活改善、家族関係の民主化、農業経営の近代化、健康管理、などの対策が講じられてきた。
しかし、農業をめぐる経済環境は厳しく、都市化の波や農産物輸入自由化など国際化の波が農村に及んできているため、農家主婦の問題を解決するのは容易ではない。
しかし、農家主婦のグループや婦人会、農協女性部が、村づくり運動、地域福祉活動、「一村一品」企業活動などに積極的に参加して、生活の安定化や主婦の問題の解決を図る動きが広がっている。
update:2010年02月24日
